「尊衣:未」

(日本画。岩絵具、雲肌麻紙、墨)



 絵を描く時、大抵題材の知識を得てから描くのですが、今回羊に関して調べたところ、家畜として放牧するためには繁殖能力ある雄の頭数比を低く保つ必要があり、繁殖用の雄の最低数以外は不要であるということ。屠殺された雄子羊は毛皮に用いられたり、食用となるということを知りました。

 羊は弱く臆病な家畜なため、人間にかなり依存する生きもので、「生贄といったら羊」というのも、それだけヒトと深く関わって来たからではないでしょうか。

 ここから先は想像なのですが、「管理する立場」である人間も、そうやって間引いた羊に何か感じていたんじゃないかなぁと思います。似たように感じるのが蚕で、絹糸を得るには繭の状態で煮る必要があって、蚕神は「オシラサマ」とも呼ばれていたりします。そうやって神格化するのには、対象に対して、感謝だとか、罪の意識だとか、なんか色々な感情があったんじゃないなぁなんて思うのです。